4月です!平成最後の月です!

日々雑感

広島県安芸郡熊野町のクリーン歯科です

 

4月に入り、新しい元号も「令和」と決まりました。「平成」も今月で終わります。
世界中のそこかしこで、きな臭い嫌な雰囲気が漂っているように感じます。
いつまでも平和で穏やかな日々が過ごせることを願ってやみません。
特別に良いこともない代わりに、悪いこともない『平穏無事』が一番だと常々思っています。

 

昭和から平成に変わる頃、まだ小さかった娘たちの洋服を買いに行きつけの子供服店に行くと私の後からある親子が入ってきました。お子様は幼稚園児ぐらいの女の子だったと記憶しています。
店に入るや否やその女の子がお店の方に
「次はね、平成になるんだって。パパが言ってたよ」
という会話が聞こえてきました。
きっと家庭で次は何になるのかいろいろ会話しているのを聞いていたんだろうなぁぐらいにしか思っていなかったのですが、本当に「平成」となりビックリしたことを未だに覚えています。

小さな女の子ですら新しい元号を知っていたのですから、その情報はかなり漏れていたのでしょう。そのためか今回は情報が漏れないよう厳しく対策されていたようです。
「安」が付くのではとか「永」が付くのではとか、最初の元号の「大化」より今までを全て並べてみたりなどメディアもこぞって報道はしていますが、これといった決め手もなく、なんとも宙ぶらりんな内容に終わっています。わからないことを取り上げているのですから仕方のないことなのでしょう。

 

今日4月1日、新たな門出を迎えたかたもたくさんいらっしゃることでしょう。
お母様とずっとメンテナンスに通っていらした患者様も高校を卒業され、県外の大学へ進学されました。
酷い根尖病巣で治療に通われていた患者様も最後にオペをしてどうにか治療を終えることができ、進学のため県外へ引っ越していかれました。
終の棲家となりますと、ご夫婦でご主人の地元へもう直ぐ引っ越しされる方もいらっしゃいます。

我が家も三姉妹の二人が、更なるステップアップと自身の幸せのために二人同時に広島を後にしました。二人とも他県の同じ大学へ進学し6年も離れていたため卒業後広島へ戻ってきたときは言葉にできないぐらい嬉しかった。職場も同じで二人が仕事をしている姿を見ているのも嬉しいものでした。
泣き虫だったり、私の側から離れられなかった娘たちもいつの間にか強くたくましくなり、頼れる存在となっていきました。
職場の近くにそれぞれ住んでいましたが、3月の引っ越しは難しいということで今年に入り早々に荷物だけを先に送り、しばらくは一緒に我が家で生活することができましたが、医師の過重労働が何かと取り上げられているように、声を発することもできないぐらい疲れ切った姿で帰宅する娘を見るにつれ、本人の希望とはいえ医師を選択したのは間違いだったではと思うこともありました。(本人たちはそれでもよかったと言ってはくれます)
新しい環境で少しはゆっくりした時間を持ち、心身ともにリフレッシュできますように、健康に留意し(医師に言うことではありませんが・・・)元気に過ごせますように切に願います。
幼稚園に入園以来作ってきたお弁当も作り終えました。最後も飾らず普段通りのお弁当にしましたが、精一杯、心を込めて作りました。
母の気持ち、届いたかなぁ・・・

 

別れの3月、そして、新たな出会い、出発の4月。

皆様に幸多からんことを願っています!

 

 

 

歯科医師としての使命

日々雑感

広島県安芸郡熊野町のクリーン歯科です

「治すことが難しい治療でも、あきらめずに色々な治療法を見出して今までやってきた。保険外治療だから治せるのではない。保険治療だってやり方によっては同じように治せることがいくらでもある。世の中は保険外の高い治療費を払える人ばかりではない。だから保険でもしっかりとした治療を誰かがやらないといけない。その一人が自分だと思っている。
どうにか治してほしいと僕を頼ってくる患者さんが増えてきた。数年、数十年と常に痛みを抱え歯科医院を転々としてうちにたどり着いてくる患者さんもいる。これからもそういう患者さんを助けたいと思うし、助けないといけないとも思う。
今は歯科医師という仕事ができることが何よりもうれしく思っている。」

診療再開後1か月たちました。
冒頭は退院後、家族との食事中に話した院長の治療に対する思いです。

 

この度は院長の入院により、患者様へ大変ご迷惑をおかけし申し訳なく思っております。そして、診療再開までお待ちいただきありがとうございました。何よりも病から院長を救っていただいたのは患者様です。心より感謝いたします。

9月10日診療中、突然の腹部の激痛により診療が不可能な状態となりました。メンテナンス等の一部の患者様の治療のみを午後より行いその日の治療終了後、救急搬送しその日のうちに手術を受けました。
時折、患者様より
「病気ってある日突然くるよ。」
とお聞きすることがありましたが、まさにそのとおり突然でした。

手術後の院長は術後の痛みと、あまりにも突然に起こった現実を受け入れることができなかったようで、言葉数も極端に少なくなり、表情も暗く、ただ呆然と宙を見つめているだけの日が数日続きました。
元の状態に戻れるのだろうか、今後クリーン歯科をどうしたらよいのかと不安ばかりが募り、ある日院長にメールを送りました。口頭で伝えるよりも、一人じっくりとかみ砕きながら読みかえすことができるメールのほうが気持ちが伝わるような気がしたのです。
常々、言葉には大きな力があると思っています。武器のように相手を追い込み、場合によっては殺傷してしまうこともあれば、良薬や音楽・アロマように心を癒し、救うこともできるのが言葉の力だと思っています。
少しでも現実を受け入れ、立ち直ってほしい、そして、何よりも診療の再開を待っている患者様が沢山いるということを思い出してほしいという願いを込めてメールをおくりました。

院長のいない医院ではスタッフが、全ての治療ができずしばらく休診する旨と、次回のご予約は再開の見通しがついたら当院より改めて連絡をする旨を伝えるために毎日患者様へ電話をかけていました。私は毎朝医院に行き患者様のご様子を聞くと「誰にかけても院長を心配してくださって、先生が元気に戻ってくるまで待っていますよとおっしゃってくださいます。そんな方ばかりです。」
「他に行くところがないから待ってます。」
「先生に治療してほしいから待ってます。」
そういうお言葉をたくさんいただきました。

メールには患者様とスタッフとのやり取りを書いてみました。

その日の午後、病院に行くと、正気を取り戻した院長がいました。
「待ってくれている患者さんのため、長く待たせることはできないから、一日でも早く良くなって診療を再開しないといけない。」
「僕を頼ってくる患者さんを早く診て早く噛めるようにしないといけない。」
「いつまでもこんなところで寝ているわけにはいかない。」
そう言ってベッドから起きて歩いたり、階の違うコンビニまで買い物に行ってみたり、椅子に座る時間を少しづつ増やしたり・・・
早く退院できるように努力していたようです。
その甲斐あってか3週間の入院予定が短縮されました。

退院後3日間自宅療養し、4日目より診療を再開しました。
保険関係の方が通常退院後1か月は自宅療養するのが普通なのにと驚いていました。
患者様も
「先生、あんなに動いていて大丈夫ですか?」
「また、入院したら大変だから無理しないように言ってください」
「退院したばかりなのに、見ていてこっちが冷や冷やします」
中には、
「先生を大事にしてあげてくださいね」
と、私が言われたり・・・
いつも寡黙な患者様も帰りがけに
「先生が元気になられてよかった。生涯ずっとここでお願いしようと思っているんですよ。だから本当によかった」
と、おしゃっていただいたり・・・

皆様、一言一言がとてもお優しく目頭が熱くなることもありました。

平成3年1月の開院以来、体調不良で休んだことは1度もありません。
40度の熱が出た時も座薬を用いながら診療を行ったこともありましたが、今回はどうにもこうにも無理でした。

ただ、思いがけずしばらく休まらずをえなかったことで改めて「歯科医師」という自分に課せられた使命を感じたようです。